| 人類愛善会の分科会からエスペラント弁論大会の模様 |
弁論大会に参加したアジア分会の青年たち |
第6回アジアエスペラント大会が、6月19日から23日まで、モンゴル国の首都ウランバートル市内のチンギスハーンホテルを会場に開催された。参加者は30余国から260人。大会期間中の6月22日午前9時30分から11時まで、大会場内「Rinchen」の間で「人類愛善会分科会」が開催された。海外のエスペラント大会で、大本分科会に加えて人類愛善会独自の分科会が開かれるのは初めて。
分科会では最初に稲垣裕彦人類愛善会副会長が挨拶し、人類愛善会創立の歴史と活動について紹介。
「人類愛善会初代総裁の出口王仁三郎は、1924年、〝世界平和はアジアを礎としなければ築かれない。アジアにとって、モンゴルは歴史的にも地政学的にも要の位置にある〟との信念で、モンゴルに世界平和の理想郷の実現を夢見て、朝鮮半島・中国を経由してモンゴルを目指した。当時、アジアは動乱期を迎えており、師は生命の危険さえ覚悟した上でのモンゴル訪問だった。
そして、現在の中国・内モンゴルに達したところで中断せざるを得なくなり帰国。このモンゴル訪問体験から、翌年1925年、人類愛善会が『人類愛善・万教同根』を旗印に創立され、世界に運動が広がった。
しかし、日本政府は帝国主義化の度を強め、35年、大本に大弾圧を加えると共に、人類愛善会に解散命令を下し、すべての運動は中断させられた。
人類愛善会が運動を再会したのは、49年、第2次世界大戦が終わった後のこと。今、人類愛善会は『一つの神、一つの世界、一つの言葉』を合言葉として運動を進めている。出口紅五代総裁は、出口王仁三郎初代総裁が80年前に描いた夢を実現するため、2004年6月、177名の訪問団を率いてモンゴルを訪問。ウランバートルのガンダン寺院と世界平和合同祈願祭や日本・モンゴル文化交流行事を行い、あらためてモンゴルとの強い絆を結んだ」と述べた。
つぎにツェデンダンバ人類愛善会モンゴルセンター会長が挨拶し、同センター設立に至った経緯と今年設立5周年を迎えることを話した。
この後、DVD『人類愛善会の歩み』(エスペラント版)を上映し、同会の活動をさらに紹介。続いて、日本を含む6人のアジア青年による、人類愛善精神をテーマにしたエスペラント弁論大会を開催して閉会した。

エスペラントで挨拶するツェデンダンバ人類愛善会モンゴルセンター会長