脳死状態の有里ちゃんを囲む中村さん一家。右から、三男・悠君、父・和男さん、母・暁美さん、暁美さん方の祖母・美代さん、長男・俊君、二男・卓君。写真は2006年5月、有里ちゃんに初めての一時帰宅が許されたときのもの。およそ半年ぶりに再び家族全員が自宅にそろった喜びにあふれている。有里ちゃんの状態を知る唯一の手段は、血中の酸素濃度と心拍数を示すモニターの数値。たんが溜まるなど、不快な状態にあると数値が下がる。そうした変化を有里ちゃんの言葉や気持ちとして読み取って、介護にあたる。有里ちゃんは血色も良く、手も温かい。そんな状態を死と呼ぶには、あまりにも無理がある。〝脳死〟は肉親にはとうてい受け入れ難い、臓器移植のための概念にすぎない |
中村暁美さんの長女・有里ちゃん(当時2歳8カ月)は、2005年12月、カゼが元で急性脳症となり、3日後に脳死状態と診断された。脳死状態に陥ると10日以内には心臓が停止して死を迎える、というのが医学界の常識だという。
しかし、それから1年7カ月が過ぎた今も、有里ちゃんの心臓は止まるどころか、体は成長し続け、身長は11㎝伸び、体重も5kg増えた。人工呼吸器が必要だが、体は温かく血色も良い。普通の子供が静かに眠っているようにしか見えない。
有里ちゃんには両親、祖母、3人の兄がいる。以前の家を売ってこの春新築した家は、大工の父・和男さんが、有理ちゃんの介護がしやすいように設計した。有里ちゃんは時々、病院から一時帰宅するが、在宅介護の実現が一家の目標だ。去年11月、中村さん一家は、着物姿の有里ちゃんと神社にお参りして、七五三を祝った。
「臓器移植法改正を考える第15回勉強会」で話す中村暁美さん(07年6月21日、衆議院第2議員会館) |
強い心の絆で結ばれ、有里ちゃんと共に暮らす一家の温かな姿は、ドキュメンタリー『絆〜いのち見つめて 臓器移植の現実〜』(テレビ愛知、今年3月放映)で紹介された。この番組は、海外での脳死移植を待つ子供の家族と、脳死状態の子供を持つ家族の双方を描いている。
その中で、暁美さんは次のように語った。
「有里はしゃべったり、笑ったりはしませんが、生きる姿を変えただけなんです。あっちの子供の命の方が大事だから、こっちの子供の命を捨てましょう、ではないはずです。それぞれが持って生まれた一つの命を、重い・軽いとか、大きい・小さいといった言葉で評価してほしくありません。同じ〝お母さんから生まれた命〟です」
和男さんは、
「どの親御さんにとっても、わが子は大切な命で、奇跡があれば子供の病気が治って欲しいと思う。子供のために臓器提供してほしい親御さんも、脳死状態の子供を持つ私たちも同じ気持ちなんです。そのことを社会に理解して欲しい。ただそれだけです」と。
有里ちゃんのように、脳死状態になっても1カ月以上心臓が動き続けている状態は、「長期脳死」と呼ばれ、子供を中心に国内外で多数の例が報告されている。アメリカには、4歳で脳死状態となった男の子が、その後成人の体にまで成長し続け、21年間生存した例まである。
今日、脳死になれば間もなく心臓停止するという従来の説は完全に覆されている。脳死には医学的にも分からない部分がまだまだ多い。特に新生児を含めた子供の脳死についてはそうだという。
入院当初、有里ちゃんにもこんなことがあった。
「病院から〝もう長くない〟と宣告され、涙が止まりませんでした。その時、信じられない事が起こりました。兄弟たちが娘の手を握って体をさすり、『有里! お兄ちゃんだよ! 頑張れ! 元気になって早くおうちに帰ろう!』と語りかけ続けていると、下る一方だった血圧が徐々に上がり、この日を境に状態が良くなっていったんです。医師・看護師さんたちも大変驚き、家族の深い愛を感じたと話しておられました。その後、気管切開手術をした時も、微量の麻酔で手術したところ、急激な血圧の変化があり、麻酔の量を増やしたそうです。きっと、痛く、怖かったのでしょう。心がとても痛みました」と暁美さんは振り返る。
「臓器移植法改正を考える第15回勉強会」でも『絆』(テレビ愛知)の録画映像が上映された。画面はその一コマで、有里ちゃんの手を握る父・和男さんの手。脳死移植推進派の議員は「小児の脳死移植が可能になっても、臓器提供しないという選択も保証されます」と語った。しかし、移植を推進する側からの偏った情報提供やマスコミ報道を通じて、移植を待つ子供の悲劇だけが強調され、脳死の子供についての知識がないまま「脳死になったら臓器提供して当然」と考える社会的な風潮が形成され、脳死状態の子供やその家族がつらい立場に立たされる危険性は十分にある |
現在は子供の脳死移植ができないため、病院側から臓器提供の意思の有無を問われることはなく、最後まで治療を望む中村さん夫妻の希望が生かされた。
しかし、今後、子供の脳死移植が推進されるようなことになれば、担当医師が脳死をどう理解・説明するかにより、患者家族が置かれる状況は大きく変わる。臓器提供した後で、ドナー家族が中村さん一家のような生き方もできたことを知って後悔したり、臓器提供自体を、後で悔やむケースも生じうる。
小児科医・杉本健郎氏(滋賀県)は、日本小児学会倫理委員会委員。自らも20年ほど前、交通事故で亡くした当時6歳の長男から、心臓停止後に腎臓を提供した体験を持つ。『絆』の中でもその心中を明かし、子供の脳死移植の安易な推進に異議を唱えている。
「あの時、親の気持ちだけで臓器提供した決断は本当に正しかったのか、今でも迷っています。また、長期脳死の子供の存在が明らかになっている今、命や死についての討論が全くぬけ落ちたまま、多数決だけで決めるなど、もってのほかだと思います」
脳死についての正しい理解が広がることを、暁美さんは願っている。
「法律で脳死を人の死とすることには納得できません。母親なら、たとえ子供が脳死になっても、〝この子は死んでいない〟という気持ちであってほしいです」
ドキュメンタリー『絆』の内容は市民の間に大きな衝撃を与え、反響の声が暁美さんの元に多く届いた。今年6月、国会議員対象の『臓器移植法改正を考える第15回勉強会』でも上映され、講師として招かれた暁美さんはこう訴えた。
「ただ眠っているだけのようですが、娘はとても大きな存在で、私たちにとっての希望であり、生きる力です。どうか、私たちが娘と生きる幸せを奪わないでください。命とは何かをしっかり考えて、娘のような子供も堂々と胸を張って生きていける社会を、作っていただきたいのです」